神様を信じる人と信じない人がいる。

最近思う事です。
自分も少し前までは、漠然としか思っていませんでしたが、それでも神様、仏様は信じていました。
ただ、熱心な信者とはとても言えない状態だと思いますが、それでも神様、仏様の存在を否定していません。
しかし、今の世の中を見ると「神様、仏様を信じない。」と口にする人が多い気がします。
それでいて神社や、お寺をお参りする人は多いですし、祭りや、厄払いなどは、きっちりするんですね。
そうそう占いも流行ってるし。
でも口では「私は神様を信じない。」と言われます。
多分、宗教的な縛りが窮屈なんでしょうか。
新興宗教に騙されない為という理由かもしれません。
私もあまり宗教的な決まり事は、得意ではありませんが、神様、仏様は、確かに存在してみえると思いますよ。 
そもそも、「私は何故ここにいるのか?」「 私は、何なのか?」を考えると神様に行きつきますよね。
「哲学」とか むつかしく考えなくて、あたり前のこととして普通に考えませんか。
「私は、たまたまここに生まれて来た。」なんてとても思えないですよね。
少なくとも、大東亜戦争以前は、神国日本で、料様の国であちこちに神社やお寺があって家には仏壇があり、お墓に御参りに行くわけですから、神様、仏様の存在を否定することなど出来るわけが、ありませんでした。
それが今は、なんでしょうか。
特に社会的に立場の上の方の人逹の倫理感ってどうなってるんですがね。
嘘ついたらだめ。人の物をとったらだめ。といった基本的な事がどこかに行ってしまいました。
自分さえ儲かれば良い。我よしの考えになっています。
昔、西欧人が入った頃、南蛮人と日本人は呼びました。それは、日本人から見たら行ないが野蛮だったからでしょう。
当然、彼らはキリスト教徒ですが、当時の日本人のレベルは、彼らより高いものだったと思います。
だから、「南蛮人」と呼んでいたのです。
問題は、キリスト教というより、キリスト教を装った「悪魔教」が、存在しているという事でしょう。
それが今、世界を征服しようとしているわけです。
日本は、それにずっと耐えて来ましたが、大東亜戦争以降、団体は歪められて、教育を変えられたことにより、人の心も大きく変えられてしまいました。
「人をおしのけて出世すれば、良い生活が出来る。」その為、「何でもやる。」「自分さえよければ良い。」という価値感を持つものが社会の上の方になったのです。
それは、「善と悪の戦い」となっています。
今の地球は、その状態です。
戦争は、おたがいが「正義」といいますが、それを掲げて戦いますが、真実は一つです。
今回のウクライナは、どちらでしょう。 
ロシアは、「ウクライナ人がウクライナの中の親ロシア人を虐殺している。」「生物兵器の工場がありこれを攻撃的している。」悪いのはウクライナだと。
一方ウクライナは、「ロシアが侵略して来た。」「民間人に対しても攻撃している。」「多くの人が国外に避難している。」ロシアは酷い国だと。
そのまま受けとれば、どちらの言い分も正しい様ですが、現在のマスコミ報導では、圧倒的にロシアが悪くプーチン=ヒットラー説となっています。
しかし、ウクライナの実態は色々ある様で、報導されない事に真実があるのではと思ってほう私です。
報導されない事とは、「ウクライナの実態が、ロシア側の主張通りであり、戦闘の映像は、作りものであって実際は、戦いは、一部でしか行っていない。」という事もありえる訳です。
現在、DSとホワイトハットの戦いの真最中です。
ロシアは、ホワイトハット側でしょうか?
ウクライナは、バイデン親子を始めとした、米国民主党の方々が大きな利権を持っていると言われています。
さて真実は何でしょうか。
いずれにせよ、善は勝ちます。悪魔は神が無ければ存在出来ません。
そろそろ、次の世界へ行きましょう。

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