早く目覚めて、ベッドの中でボーッとしてたら、言葉が浮かんできました。
「絶望、希望、望み、永訣の朝、別れ、悲しみ。沢山の言葉。でも、それらはみんなひっくり返る。」
「絶望と虚無」
「絶望」は、望がないことではなく望む事がなくなった事。つまり完了した事。
「希望」は、望みが少なくなった事。もうすぐ完了する事。
「虚無」は、虚しい事は何も無い事。
なんだろう。
どの言葉も、相反する意味が考えられるを含んでいらではないですか。
というように、これまで考えたこともない事が浮かんできました。
それで、同じように宮沢賢治の「永訣の朝」も浮かんできたのです。
「アメユジュトテチテケンジャ」の言葉に、幼い何もわからない小学生の頃、その言葉がおかしくてクラスのみんなが笑った事があったけど、高校生くらいで再度、読んだ時、とても悲しくて涙が溢れました。
勿論、宮沢賢治は、妹との悲しい別れを書き留めたものですが、彼女は、ただ「雪を取ってきて」と言っただけだと思います。そこには、もうすぐ永遠の別れがすぐに来るからという思いがあったかどうかわかりません。
それを、方言で素晴らしい詩にしたのは宮沢賢治の才能でしょう。
別れは、悲しいけれど新しい世界の始まりです。
それを伝えてくれるのでしょうか?
楽しい世界にみんないけるんですよ。
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